世界のセレブ・ファミリーヒストリー

英・米・豪・加で放送されている「ファミリーヒストリー」的番組 Who Do You Think You Areの興味深いエピソードを紹介します。セレブの家族史を通じて、世界の知らなかった出来事が見えてくる。今の世界を知る上でも、個人を知る上でも、色々興味深いこと満載です。

【女優:グウィネス・パルトロウ】カリブ海、ユダヤ人聖職者、二つの家族のルーツ

プロローグ

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By Georges Biard, CC BY-SA 3.0, Link

オスカー女優、グウィネス・パルトロウ。父は監督・プロデューサーの故ブルース・パルトロウ、母は女優のブライス・ダナーという芸能一家に生まれた。

父親っ子だったというグウィネス。無償の愛、そして家族を大事にするという精神は父から学んだという。

母方の家族は典型的なドイツ系WASP、一方父方は東欧のユダヤ系。異なる背景を持つ人々が一つ家族になる、というのはとてもクラシックな「アメリカン・ストーリー」だと思うが、家族や両親のこととなると、実は意外に真実を知らないのが本当のところではないかと考えている。

バルバドスとのつながり

まずは母方のルーツについて調べる。

母の先祖はカリブ海の島、バルバドスに関係があると聞いたことがある。母方の祖母、アイダ・メイがバルバドス出身なのではと調べたところ、アイダはフィラデルフィア生まれだった。しかしアイダの死亡証明書から、アイダの両親の名前がわかる。

その情報を元に、1910年の国勢調査を調べると、アイダの母、イザベルの出身地が「西インド諸島」となっていた。さらにイザベルの死亡証明書を調べると、そこにははっきりとバルバドス生まれと書かれていた。バルバドス出身だったのは、曽祖母のロザムンド・イザベル・スタウトだった。

死亡証明書にはイザベルはメイドだったと書かれており、晩年まで働かなければならなかったようだ。イザベルはなぜバルバドスからアメリカに来たのか。バルバドスでは、何をしていたのか。

乗船名簿を確認すると、イザベルは18歳の時、27歳の姉マーサとともにアメリカに渡ったことがわかった。しかも乗ったのは客船ではなく、商船で、乗客は彼女達2人だけ。荒々しい海の男達ばかりが乗っている船に、若い女性が2人で乗り込んだことに驚くグウィネス。

バルバドスへ

さらに情報を追うため、バルバドスに飛ぶ。

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By Barry haynes - Own work, CC BY-SA 4.0, Link

島での洗礼記録には、イザベルの父サミュエルは貿易会社の事務職をしていたと記されていた。1800年半ば頃のバルバドスは、カリブ海の重要な貿易拠点として、ラム、砂糖、モラセスの輸出、各地からの物資の輸入が盛んに行われていた。父サミュエルも、いずれは独立した貿易商を目指して働いていたと思われる。

父親の職業から考えて、暮らしぶりは悪くなかったはずだが、家族に何かがあったのだろうか。死亡証明書を確認してみると、1864年に母親サラが42歳で亡くなっていたことが明らかになった。またそこにはサラは未亡人とあったことから、母親が亡くなる前に、すでに父親も亡くなっていたと見られる。

イザベルは13歳で孤児となっていた。

商船に乗ったのは、客船よりも安かったからだと考えられる。

移民の背景

姉妹はそれまでお針子などで生計を立てていたようだが、当時バルバドスのイギリス人の社会的、経済的地位は苦しいものになっていたという。

200年に渡り、バルバドスではイギリス人による奴隷支配が行われていた。しかしイザベルの時代、奴隷解放から30年が過ぎ、教育を受けた元奴隷やその子孫が、新しい労働力となっていた。

これはバルバドスにいる労働階級のイギリス人にとっては、職を失うことを意味した。また島の人口は女性の方が多く、将来の結婚相手を見つけることも難しい状況になっていたという。

このような状況から脱するため、姉妹はより良い環境を求めてバルバドスを飛び出したようだ。自分を信じて、新しい世界に飛び出していった曽祖母に感銘を受けるグウィネス。

父方のルーツ

次は父のルーツについて探る。

父方の祖父バスター。グウィネスにとってはとても優しく、家族を大事にするおじいちゃんだったが、彼自身の生い立ちは決して幸せなものではなく、自分の母親についてもあまり良く言わなかったという。どうも母親がネグレクト気味だったようで、祖父の身なりがあまりにも汚かったため、学校から返されたこともあったという話は聞いたことがある。

叔母を訪ね、話を聞く。祖父バスターは1914年生まれ、ニューヨーク、クイーンズで育った。父の名前はマイクだが、本名はマイヤー。苗字もパルトロウではなく、もともとはパルトローヴィッチとユダヤ系の名前だった。

母アイダは料理、掃除といった家事を全くせず、部屋の中は新聞やゴミで溢れかえっている、いわゆるゴミ屋敷だったという。しかしアイダはハンターカレッジという大学を卒業するなど、実は優秀だったようだ。どうもアイダには、精神的な問題があったのでは、という。

優秀だった曽祖母と家族の悲劇

ハンターカレッジは教員育成のための女子大で、当時はノーマルカレッジと呼ばれていた。当時、ニューヨークで教職につくことは、女性にとって最高のキャリアだったという。学校によってはユダヤ人の入学を許さないところもあったが、この大学は人種は関係なく入学することができた。

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By George G. Rockwood - Harper's weekly : a journal of civilization. (New York : Harper' s Weekly Co., 1857-1916). Image ID: 801201, Public Domain, Link

アイダの当時の成績は平均82点と優秀なものだった。しかし出席日数をみていると、27日間も欠席しており、翌年には退学処分になっていた。一体何があったのか。

家庭に何らかの事情があったのではと、当時の国勢調査を調べる。アイダが大学に入る約10年前の調査では、アイダの両親、そして2人の兄弟が確認できたが、1900年の調査では母親と兄弟の1人の情報が消えている。

さらに調査したところ、1897年に母が肝硬変で死亡、さらに数ヶ月後に兄弟の1人が亡くなっていた。ちょうどアイダが学校を休みがちだった時期と重なっている。

自分が父親を亡くした時のことを思い出すグウィネス。それだけでも大きなショックなのに、さらにその上に兄弟を亡くしたなんて、自分だったら立ち直れないかもしれない。この出来事が、アイダののちの人生に大きな影を落としたのだろうか。

アイダにさらに降りかかる悲劇

その後アイダは結婚し、1910年までに6人の子供をもうけていた。しかし1920年国勢調査では、ヘレンという名前の娘の情報が消えていた。

死亡証明書をとってみると、ヘレンは1912年、3歳で亡くなっていた。死因は外傷性ショック、肋骨などの骨折と肺に穴が空いたこと。馬車に轢かれたのが原因だった。事故だったため、当時の記録も残っており、それによると道に飛び出したところを、気づかなかった馬車に轢かれたらしい。気がついた通行人達が大声で馬車を止めた時には、前輪と後輪の間に挟まっていたという、痛ましい事故だった。

ヘレンが亡くなったのは1912年7月20日。そして3週間後の8月12日には、マリオンという娘が生まれていたことも国勢調査で明らかになった。事故当時、アイダは臨月だった。

子供を最悪な形で亡くしたショックと悲しみ、そして直後の出産。出産後のホルモンの影響などを合わせて考えても、アイダは身も心もボロボロになってしまったのではないだろうか。そう考えると、以後子供の世話や家事もできなくなるような精神状態になってしまったのも頷ける。

母親に対する同情は全くなかったという祖父。このことを知っていたのだろうか。祖父がもしも知っていたら・・と思うグウィネス。と同時に、このような環境に育っても、家族に愛情を注いでくれた祖父のことを思う。

ユダヤ人聖職者だった先祖

次は曽祖父、マイヤーのルーツにスポットライトをあてる。マイヤーの父、グウィネスの高祖父サイモン(シムカ)は東欧から来たユダヤ教の聖職者(ラビ)だったと聞いている。またサイモンの家系は代々ラビだったらしい。自分もスピリチュアルなことに非常に興味があるので、そのルーツは特に気になるという。

https://i0.wp.com/i.dailymail.co.uk/i/pix/2011/04/02/article-1372687-0B72342400000578-688_634x472.jpg
dailymail.co.ukより 高祖父サイモン

ニューヨークにあるエルドリッジ・ストリート・シナゴーグに向かうグウィネス。そこで見せられたのは、高祖父サイモンの婚姻に関するポーランド語の書類だった。ポーランド北東部の小さな町で行われた結婚式を取り仕切ったのはサイモンの父、ハーシュ・パルトローヴィッチ。彼もまた、ラビであった。

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By AnneRuthmann - Own work, CC BY-SA 4.0, Link

次に出てきたのは、メモリアル・ブックと呼ばれるもの。グウィネスの先祖が住んだポーランドのこの町のユダヤ人も、ホロコーストで全滅し、すでにユダヤ人コミュニティは無くなっているが、ホロコーストを生き延びた人々が戦後集まり、コミュニティの思い出をまとめて本にしたものだという。ここにサイモンの父、ズヴィ・ハーシュについての記述があった。

そこには、ズヴィ・ハーシュが非常に素晴らしいラビであったこと、そしてカバラの使い手であったことが記されていた。カバラとは、ユダヤ教の秘術的なもの。そこにはさらに、町を大火が襲った時、ハーシュがバルコニーに出てハンカチを振ると途端に火が消え、おかげでユダヤ人コミュニティは火事を免れることができた、という言い伝えも記されていた。

自分もカバラを学んでいるというグウィネスは驚く。また聖職者、スピリチュアルな血が家系に流れていることを感慨深く思う。

さらに、高祖父サイモンが父ズヴィ・ハーシュに捧げた本が見つかる。ヘブライ語で書かれたこの本には、父についての思い出が書かれた一節があった。書斎でいつも戒律についての相談、議論をしていた父、いつもトーラを口にしていた父のこと。その優しい筆致に、涙を流すグウィネス。父を愛する強い気持ちが、この家族にはあるのだと感じる。

プロローグ

自分と父の関係、スピリチュアルなものへの興味など、様々な類似点を先祖に見つけたグウィネス。暗い影を持つ先祖がいると同時に、神聖なもの、父への愛など、光をもたらすような先祖がいる。そんな先祖の両面を見ることができたのは、とても素晴らしいことだった。この旅を通じて知ったことを、最後には母親と共有するグウィネス。父にも教えたかったと思う。

ひとこと

今回は、日本でも良く知られている人物を取り上げてみました。が、放送を見ていても内容が全て尻切れとんぼだな、という気がとてもしました。せっかくバルバドスに飛んだのに、ちょっと書類を見ただけで終わってしまったし、アメリカに渡ってからのことなど、もっと深掘りしないのかな、と不完全燃焼。

母親、兄弟、そして小さな娘を亡くした曽祖母アイダの話は悲劇的でした。本人や周囲の人からの話があったわけではないけれど、国勢調査や出生・死亡証明書という無機質にも見える情報を付き合わせて行くことで、その時の状況、そしてそれに伴う人間の心理状況に思いをはせる、そうして見えてくる答えがある。これは、家系学調査の醍醐味だろうなと思います。本当に、これはグウィネスのおじいさんに知らせてあげたかったですね。

代々ラビだったという先祖の話についても、結局2代しか特定できていないので、アメリカのマニアックな視聴者の間では、調査不足の声も上がっていました。

番組にも登場した教授がのちに家系学ブログに残したコメントによると、ズヴィ・ハーシュの父親がこの家系の中では最初のラビだったようです。この最初のラビの名前が、Paltielという比較的珍しい名前だったそうで、「Paltielの息子」という意味のポーランド語が、パルトローヴィッツ(パルトローヴィッチ)。これがその後の家族の苗字になり、グウィネスの祖父の代にパルトロウ、になったようです。

ハンカチを振って火事を消した話はマユツバものですが、そういえばカバラ、一時期マドンナがハマってたんですよね。こちらは正統派のものとはまたちょっと違うものだったようですが・・・。

またズヴィ・ハーシュの奥さんが名家の出のようで、こちらの家系をたどるとさらに多くのラビがいるようでした。番組の尺の問題もあるんでしょうが、あまりそういうところの深掘りがありませんでした。

特にこの番組のアメリカ版は、途中でコマーシャルがたくさん入るのもあって、35〜40分弱と短めなので、一度にいろんな先祖を調査すると、どうしても情報が浅くなりがちです。

一方イギリス版は国営のBBCなこともあって、がっつり50分ちょっとなので、今度は逆に濃すぎたり情報が多すぎると思うことも(苦笑)。編集って難しいですね。

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