世界のセレブ・ファミリーヒストリー

英・米・豪・加で放送されている「ファミリーヒストリー」的番組 Who Do You Think You Areの興味深いエピソードを紹介します。セレブの家族史を通じて、世界の知らなかった出来事が見えてくる。今の世界を知る上でも、個人を知る上でも、色々興味深いこと満載です。

【俳優:クリス・ノース】SATCミスター・ビッグのルーツ:大火、戦禍を乗り越えたアイルランドからの先祖

プロローグ

クリス・ノースはテレビドラマ「Law & Order」や「セックス・アンド・ザ・シティー」のミスター・ビッグ役で有名な俳優である。

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By ChrisNoth.jpg: The original uploader was Seductivemelody at English Wikipedia
derivative work: Matthewedwards (talk) - ChrisNoth.jpg, CC BY-SA 3.0, Link

1954年、ウィスコンシン州で3人兄弟の末っ子として生まれたクリス。

父のチャールズ・ジェームス・ノースは第二次大戦中空軍に所属。その後朝鮮戦争では空母アンティータムに乗船し、勲章を得る活躍をした。除隊後は保険会社に勤務した。

母ジェーン・パーはニュース記者としてCBSで活躍するようになったが、クリスが10歳の頃に両親は離婚。そして1966年、彼が12歳の時に父は自動車事故で亡くなってしまった。

父の死で父方の家族とも疎遠になってしまったクリス。父のルーツについて知りたいと考えている。

父方のルーツ

父方の祖父母のこともあまり知らないというクリス。祖父ジョージはクリスが生まれる前に亡くなっている。

シカゴ在住だった祖母メイには、シカゴに遊びに行く時にしか会うことはなかった。祖母メイの旧姓はマグワイアで、おそらくアイルランド系だと考えられる。

シカゴに飛び、情報を集めるクリス。

祖父ジョージは裕福な家庭出身だったため、祖父母の結婚について新聞記事が出ていないか確認する(アメリカでは地元の新聞に結婚の告知広告を出したり、社交欄の記事になったりすることがある)。

すると当時の新聞の社交欄に祖父母の結婚に関する記事が見つかった。そこから祖母メイの父、つまり曽祖父の名前がC.J.マグワイアであることがわかった。

この名前をもとにさらに1900年の国勢調査を検索。曽祖父のフルネームはチャールズ・ジョン・マグワイア、カナダ生まれであることが確認できた。

1900 census Olsen Barca.gif
Public Domain, Link
当時の国勢調査。このように全て手書き

さらにさかのぼり、1880年国勢調査を調べる。すると、25歳のチャールズ、15歳のアグネス、12歳のジョンの3人兄弟の記録が見つかる。家族の筆頭主はチャールズとなっていた。両親がいないのはなぜか?

さらに10年前、1870年の記録をたどる。そこには14歳のチャールズをはじめ、家族の名前が全て記載されていた。チャールズの父、クリスの高祖父にあたる人物、デニスはアイルランド生まれの日雇い労働者。その妻アンはカナダ生まれ。

1870年から1880年の間に、家族に何か悲劇があったのだろうか。

シカゴ大火

当時のマグワイア家の住所はシカゴ市内第20区。シカゴ・リバーから数ブロックのところに彼らの住まいがあった。高祖父デニスは日雇い労働者だったため、港での荷運びなど様々な仕事をする上でも、仕事場に近い場所に住んでいたようである。

しかし1871年、シカゴ大火が起こる。3日間に渡り燃え続けたこの火事で、死者250人、10万人以上が家を失ったという。

Chicago-fire1.jpg
By John R. Chapin, died 1907 - From [1]. Originally from Harper's Weekly., パブリック・ドメイン, Link

街が燃えさかる様子を描いた当時の新聞のイラストを見て「まるでヒロシマのようだ」とつぶやくクリス。先祖が住んでいた地域も、火事の被害を受けて焼け野原になった。曽祖父チャールズの両親、デニスとアンは火事の犠牲になって、子供達だけが残されたのだろうか。

しかし火事から21年後、1892年の新聞に、母親アンの死亡記事が掲載されていた。火事の犠牲にはならなかったようだ。しかし、火災後になぜ子供達と離れて過ごしていたのかは不明。火事で怪我をして、子供の世話ができなくなった可能性もあるが、明確なことはわからなかった。

また、父親デニスのその後についても、全く情報を見つけることができなかった。

イギリス軍兵士だった5代前の先祖

調査の焦点は、デニスの父親、ジョン・マグワイアへ。クリスからは5代前の先祖にあたる。

アイルランド出身のジョンは、イギリス軍の兵士だったことがわかった。情報を探りに、ロンドンに向かう。

年金記録から、ジョン・マグワイアは歩兵連隊に所属、実に14年間も軍に所属していたこと、また半島戦争で勲章を得ていたこともわかった。

当時フランスを支配下におき、さらに勢力拡大をめざしていたナポレオン。しかしイギリスを直接侵略することは困難であった。

このため、まずはイギリス経済に打撃をあたえようと、1807年ポルトガルに侵攻。港を制圧、イギリスの地中海貿易ルートを断つ戦略に出た。

イギリス軍はこれに対抗するため、イベリア半島に兵を送り込んでいる。

軍の記録では、ジョン・マグワイアは射撃兵として、1811年にスペイン国境にも近いポルトガルの街、エルヴァス近郊に駐屯していたことがわかった。

彼はここで実際に戦闘に参加したのだろうか。

アルブエラの戦い

国境沿いの街エルヴァスに向かうクリス。さらにここから車でスペインの小さな村、アルブエラに向かう。

1811年5月6日、半島戦争の歴史の中でも有名な「アルブエラの戦い」に、ジョン・マグワイアも加わっていた。

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By William Barnes Wollen (1857-1936) - not stated, Public Domain, Link

3万4000のイギリス、スペイン、ポルトガル軍と、2万4,000のフランス軍が衝突したこの戦いは、当初はフランスが優勢であった。

その後数時間の激しい戦闘が続く。連合軍もなんとか踏みとどまっていたが、厳しい戦いを強いられていた。そんな時に投入されたのが、ジョンが所属していた部隊だった。

狙撃兵であったジョンは、200人のフランス兵がサーベルを持って迫ってくる中、逃げることもなく、仲間の兵の肩越しに銃を構えたという。当時はマスケット銃だったため、銃を構えては撃ち、後退して弾を詰め直し、また撃つ・・という攻撃を、まさに敵と18メートルの至近距離で行った。

イギリス軍の射撃のスピードがフランス軍より早かったこともあり、フランス軍は撤退。以降、フランス軍は劣勢に向かっていったというが、この戦いだけでまさに1万人もの犠牲者が出たという。このため、この戦いは「血のアルブエラ」とも呼ばれている。

目の前に敵が立ちはだかり、銃弾が飛び交うなか、後退することもなく踏みとどまって銃撃戦を行った先祖の勇気に感嘆するクリス。そして、そんなに激しい戦闘があったとは想像もつかないような静かな丘から、息子のためにお土産として石を拾っていく。

アイルランド人の苦難

半島戦争で勇敢に戦った先祖、ジョン・マグワイアは、兵士になる前はどんな人物であったのか。さらに情報を探るため、彼の故郷アイルランド・キャバン州に向かう。

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By Sarah777 at English Wikipedia - Transferred from en.wikipedia to Commons by Lvova using CommonsHelper., Public Domain, Link

この地域では1790年頃、国防と警備のための民兵隊が作られている。ジョン・マグワイアも1807年、地元の民兵隊に入隊。

さらに1809年、イギリス軍に入隊している。

入隊記録から、入隊前の職業は織物職人であることもわかった。当時は織物も工業化が進んだ時代であり、昔ながらの職人の仕事はどんどん減っていっていた。このため、経済的理由から入隊したのではと考えられる。

当時イギリスに併合されていたアイルランドカトリックアイルランド人は政府の職をはじめ、土地の売買や大学の進学、弁護士や医師になることは制限されるなど、様々な差別にあっていた。

当初は軍への入隊も禁止されていたが、フランスとの戦争などで兵隊が必要となり、規制が緩和された。

またプロテスタント系のイギリスにおいては、カトリック教会の建設や礼拝も厳しくコントロールされていた。自らもカトリックであるクリスは、信教の自由まで奪われていたことにショックを受ける。

イギリスに抑圧されているにもかかわらず、イギリス軍に入隊した背景には、やはり経済的な理由、生きていくために必要な手段であったことが大きい。「もちろん戦闘を生き延びられれば、の話だけれどね」

実際イギリス軍に入隊して初めて、きちんとした服やブーツを手に入れることができた、というアイルランド人も多かったという。

しかし軍で功績をあげたとしても、除隊後のアイルランドでの生活は楽ではなかったのではないか。

記録をたどると、1840年マグワイア家がアイルランドからカナダに移民した記録が見つかった。ジョン・マグワイア本人は軍から年金を受け取っていたが、やはり子供の将来を考えたのではないかと思われる(ジョンの孫にあたる、曽祖父チャールズは国勢調査にあった通り、カナダで生まれている)。

エピローグ

ジョンの入隊記録に書かれていた出身地は、ノックブライドという小さな村。

この地域に唯一ある墓地を訪れるクリス。墓石は苔むし、ただの石になっているものも多いが、1400年代から村人が埋葬されているこのどこかに、マグワイア家の先祖も埋葬されていると思われる。

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Photo © Eric Jones (cc-by-sa/2.0)

先祖が大変な状況、政治的に抑圧された中で行きていかなければいけなかったことがよくわかった、とクリス。ここで育てばタフにならざるをえなかったのだろう。ジョン・マグワイアが生き残るために必要な選択をしてきたこともよくわかった。

父も軍人だったが、もしかしたら子供の頃に半島戦争で勇敢に戦ったジョン・マグワイアの話を聞いて育ったかもしれない。自分の息子にも先祖の話を伝えていくだろう。自分にとっても、発見の多い経験だった。

ひとこと

セックス・アンド・ザ・シティのキャストが随分この番組で取り上げられていますが、今回はミスター・ビッグを紹介してみました。

カナダに移住した後にシカゴに移った理由や、大火の後の両親の足取りがわからないなど、調査が中途半端な感じもする回でした。

大火後、兄弟3人だけで暮らしていたことが国勢調査でわかったのですが、その記録に書かれていた住所は「scattered homes on the prairie」というものでした。

それだけ読むと「大草原に点在する家」??と謎すぎる住所だったのですが、番組の中で説明にあたった歴史専門家は、この住所の意味も調べてみたけれどわからない、聞いたことが無い、で終わっていました。

ちょっとscattered homes で調べてみましたら、特にイギリスなどで、身寄りのない子供達を地域の住宅に住まわせ、そこから学校に通わせるといった施設がこの名前で呼ばれていました。低所得者用の住宅がこう呼ばれている場合もありました。別に大草原の小さな家的なものではなかったようです(笑)。

prairieは大草原、ではなくて、シカゴにPrairie Avenue という通りがあるので、そこだったのではないだろうか・・実際の国勢調査を見ていないのでなんともいえませんが、Prairie Avenue自体は彼らが大火以前に住んでいた場所からは大して遠くないようですので、ここなんじゃないかなあと勝手に思っています。

ネットで少し検索しただけですが、少し自分もミステリーをとく探偵気分になりました。時間があれば、後で国勢調査の情報にアクセスしてみようかなとも思います。

さてここで取り上げられたシカゴ大火。番組では話題になりませんでしたが、火事の原因として、ある女性が牛の乳を絞ろうとした時に牛がランタンを蹴り、その火が干し草に燃え移った、という話が火事が鎮火する前から広まったそうです。

結局それはある新聞記者の捏造だったそうですが、疑いをかけられた女性は貧しいアイルランド系の移民。

1840年後半にアイルランドでジャガイモ飢饉が起き、多くがアメリカに移民してきました(クリスの先祖が移民してきたのも1840年飢饉が始まるちょっと前でした)。

当時アイルランド系移民に対する差別はかなりあったそうで、この女性もある意味スケープゴートにされたと考えられています。

新聞記者はその後、話をでっちあげたことを認めたそうですが、すでに広まった噂を鎮めることはできず。この女性と牛の(!)名誉回復は近年になって行われたそうです。

新たな移民への差別、蔑視、フェイクニュースの拡散・・・そしてフェイクニュースだとわかっても、それを広めて、自分の気に入らないグループを責める人々。

なんとなく、今にも通じる話のような気もします。気もする、というかまさしくそうです。歴史が繰り返されすぎていて愕然とします。

ナポレオンの半島戦争は、世界史で習ったはずなのに、全く記憶に残っていませんでした。でもこのようなパーソナルな形で語られると、そういうことだったのか・・とまた歴史を紐解きたくなってきました。

実際の戦争の経緯はもっともっと複雑なものですが、例えばこのゴヤの作品も、この時代のスペインを描いたもので、銃を構えているのはナポレオンのフランス兵です。そういうことだったのか、と今になってようやくピンときました。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/f/fd/El_Tres_de_Mayo%2C_by_Francisco_de_Goya%2C_from_Prado_thin_black_margin.jpg/1280px-El_Tres_de_Mayo%2C_by_Francisco_de_Goya%2C_from_Prado_thin_black_margin.jpg

By El_Tres_de_Mayo,_by_Francisco_de_Goya,_from_Prado_in_Google_Earth.jpg: Francisco de Goya
derivative work: Papa Lima Whiskey 2 - This file was derived from  El Tres de Mayo, by Francisco de Goya, from Prado in Google Earth.jpg, Public Domain, Link

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