世界のセレブ・ファミリーヒストリー

英・米・豪・加で放送されている「ファミリーヒストリー」的番組 Who Do You Think You Areの興味深いエピソードを紹介します。セレブの家族史を通じて、世界の知らなかった出来事が見えてくる。今の世界を知る上でも、個人を知る上でも、色々興味深いこと満載です。

【俳優:ジョン・ステイモス】フルハウス、ジェシーおいたんのルーツ・ギリシャで起きた殺人事件

プロローグ

ジョン・ステイモスは、テレビドラマ「フルハウス」で日本でも有名なアメリカの俳優。

John Stamos at PaleyFest 2013.jpg
By iDominick - http://www.flickr.com/photos/82924988@N05/15645095078/, CC BY-SA 2.0, Link

ステイモス家は、祖父の代にギリシャから移民してきた。両親とも既に亡くなっているが、父親は家族のことをとても大事にしていたという。

家族はギリシャ料理のレストランを経営していた。彼も13歳からレストランの仕事を手伝い、俳優の仕事をはじめた後も、しばらく手伝い続けたという。

祖父ジョン・ビル・ステイモスは、エリス島を経由してロサンゼルスに移住した。もの静かだった祖父は自分のことをあまり語ることはなかった。

ギリシャ人としての誇りを強く持っているものの、実はギリシャでのルーツはよくわからない。両親とギリシャに行ったことはあるが、祖父の出身地である村を訪れることもなかったという。

ギリシャに親戚はいるのか。ギリシャを訪れルーツを探る。

孤児となった祖父

アテネに向かうジョン。

ステイモス家の本来の苗字は「スタマトポロス」。アメリカに移住した後、発音しやすい「ステイモス」に変えた。

祖父の情報を元に調べたところ、祖父の両親の名前がわかり、ペロポネス半島の都市、トリポリの近郊にあるカクーリという人口1500人の村に住民登録情報が見つかる。

曾祖父母には3人の息子がいた。そのうちの一人が「ヤニス」つまりギリシャ語読みの「ジョン」、彼の祖父であった。

さらに祖父の学籍簿が見つかるが、当時13歳の彼の欄には「孤児」と書かれていた。

祖父の表情に寂しそうな影があったことを思い出すジョン。非常に家族を大事にする祖父であったが、自分が孤児だったからかもしれない、と考える。

曾祖父母の死の謎

彼らの出身地、カクーリ村を管轄する区の建物に向かうジョン。

ここでは、1916年に未亡人として曽祖母が土地を売った記録が残っていた。学籍簿には孤児と書いてあったが、どうやら母親は生きていたようだ。

父権が強いギリシャでは、当時父親がいなければ孤児と見なされていたという。学籍簿の記載もそのためであった。

売った土地は半エーカーで、売却額は875ドラクマ。当時の月収の3ヶ月分と、非常に安いものであった。

この土地は、曾祖父母が結婚する時に、曽祖父から贈られたものであり、当時女性にとっては唯一の財産であったという。それほど大事な土地を売り払わなければいけなかったのはなぜか。

次に見せられたのは小さな新聞記事。それは土地を売る11年前の1905年のもので、曽祖父がピストルで撃たれ殺されたというものであった。

曽祖父を撃った犯人は

新聞記事には、曽祖父がヤニス・コリオポロスという男に殺されたとあった。また彼はなぜかわからないが、「ユダ」というニックネームがついていたという。どうやら二人は知り合いだったようで、なんらかの裏切りがあったようだ。

殺された当時曽祖父は38歳、曽祖母は20代後半。祖父に至ってはまだ1歳で、父を全く知らずに育ったのであった。

実はこの地域では、スタマトポロス家はよく知られている一家だという。一方曽祖父を殺したコリオポロス家は、数世代に渡り、法に反することをしてきたと評判のある一家だった。

名誉を大事にするギリシャ人。何かいざこざがあったのだろうか。そして曽祖母が大事な土地を売るまでの11年間、何があったのか。

10年かかった裁判と曽祖母の強い意志

現地の裁判記録を探してみると、1915年の裁判記録が出てきた。実際に事件が起こったのは1905年。実に10年後に行われた裁判である。一体何があったのか。

裁判記録から、事件後犯人であるヤニス・コリオポロスが逃亡したことが明らかになった。このため、犯人逮捕の上での裁判ができなかったのだ。

しかしその間も、曽祖母は何度も警察に足を運び、事件を捜査するよう依頼を続け、10年後に犯人不在のまま裁判が行われたのであった。

判決は懲役15年と裁判費用の負担。しかし犯人が不在のままだったため、結局裁判費用は曽祖母が支払うこととなった。

土地の売却が行われたのは裁判の3ヶ月後。裁判費用を賄うためだったと考えられる。

曽祖母は夫の名誉を守るため、犯人を有罪にするまで戦った強い女性であった。

事件の真相

裁判記録には、口論の末、頭に血がのぼった犯人により、曽祖父は銃殺されたとあるが、目撃者の供述がないため、詳しいことはわからなかった。

このため、実際にカクーリ村に向かい、話を聞いてみることにする。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d9/Lykaion_looking_East.jpg

山の中の小さな村のある家を訪ねると、そこで出迎えてくれた年配の女性は父のいとこであった。またこの家で祖父も生まれ育ったのだという。

さらにこの村の人口の名前の半分が、スタマトポロスだという。

殺人は誤解から起きたことが明らかになる。

ヤニス・コリオポロスの兄弟が犯罪を犯し、それを追っていた警察が曽祖父のもとを訪れ居場所を尋ねた。曽祖父は知らないと答えたが、その直後に警察はヤニスの兄弟を見つけ射殺した。ジョンの曽祖父が警察に告げ口をしたのではと訝るコリオポロス家との間に緊張が生まれてしまった。

曽祖父はそんな緊張を解くため、その当時生まれたジョンの祖父が洗礼を受ける際、ヤニスにゴッドファーザーになることを依頼。また祖父をヤニスと名付けた。

祖父が1歳になった頃、ヤニス・コリオポロスが市場で他の男と喧嘩をしているところに曽祖父が出くわした。曽祖父はヤニスを喧嘩から引き離そうとしたが、頭に血が上っていたヤニスは、勢い余って曽祖父の頭部をピストルで撃ってしまった。曽祖母も祖父を連れて市場に向かっており、それを目撃してしまう。曽祖父はその場で亡くなった。

夫を失った曽祖母は、神父のもとを尋ね、夫を殺した犯人と同じ名前を持つ息子を、洗礼しなおせないか談判したという。それは叶わなかった。またジョン自身も、曽祖父を殺した犯人と自分が同じ名前であることに複雑な気持ちになる(ヤニス=ジョン)。

曽祖母はとても強い人だった。それは家族への愛情から来る強さであったといとこはジョンに語った。

エピローグ

祖父はのちに、この村の教会に時計を贈っている。

いとこと共にスタマトポロス家の墓参りをするジョン。その間に、教会の時計台から鐘が鳴り始め、祖父の存在を意識する。

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また祖父が生まれ育った家は、スタマトポロス家全員のものだから、と家の鍵を手渡されるジョン。またこの村に戻ってこなければと思う。

なぜ祖父がアメリカに渡り成功できたか、曽祖母が3人の息子を育てられたか。それは家族の愛情からくる強さと勇気から来るものだった。「スタマトポロス」という苗字をジョンは何度もつぶやいた。

ひとこと

日本人である自分にとっては、最初「白人」で全部くくっていたアメリカ人も、当たり前ですが実は色々な背景を持つことに気付かされます。

ギリシャ系の移民は、ヨーロッパからアメリカに渡ってきた移民としては比較的新しく、ギリシャ人のルーツに非常に誇りを持っているというイメージがあります。映画「My Big Fat Greek Wedding」をご覧になった人もいるでしょうか。結婚相手はギリシャ系じゃなければダメ!なんていう話も実際にあったりなかったり。そういえばこの映画の続編に、ジョン・ステイモスも少しですが出演しています。

ギリシャそのものも、貧困に苦しんだ歴史あり、今も経済危機などで大変な国ではあります。一度訪れたことがありますが、歴史がありビーチの美しい国。なんとか頑張って立て直して欲しいものです。

移民した後で自分の長い苗字を、アメリカ人が発音しやすいように短く変える、というのは移民あるあるですね。他にも東欧系の名前やユダヤ系の名前など、中には係官が名前を聞いてよくわからないので適当にスペルしたものが、アメリカでの苗字になったり・・。ヤニスがジョンになったりと、読み方も変えて、アメリカ社会に溶け込んでいったこともわかります。

過去の殺人事件の真相や、ひいおばあさんが土地を売って裁判費用に当てた話など、無機質な記録一つで色々なドラマやその裏に隠された意思がわかるところも、家族の歴史を調べる上での醍醐味と言ったところでしょうか。

<アメリカ版、2017年>

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